「私」にとっての意味とコンステレーション

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コンステレーションは、コン(with)とステラ(stella:星)からできてる言葉なので、もともとの意味は星が一緒になってできる星座のことですね。それをユングがどのような経緯で使うようになったかは『こころの最終講義』で河合先生が言語連想のところから丁寧にお話しされていますので、そちらをあたっていただくこととして・・・。

このところ何度か触れているようにコンステレーションは、こころの内側の出来事と外的な出来事が、偶然なんだけれども「私」にとっての意味の重なりやつながりをもって全体が一つの(星座のように)意味をもってくるという現象ですね。不思議ですよね。

そして、とても興味深いのが出来事をつなぐのが「私にとって」の意味だということです。因果関係で物事をとらえるときは、ふつう「私」は全体の外側にいて原因と結果の道筋を見つけようとします。

子どもを学校へ行かせるボタン・・・」の記事で書いたように、子どもが学校へいかないというときには、たいてい「私」は、見つけようとする原因と結果の外側にいます。

けれどもコンステレーションとなるとそうはいかない。子どもが学校へいかないことの、「私にとって」の意味が問われることになります。

学校へ行かない子どもはそのことによってどんなコンステレーションを表現しようとしているのか、そして「私」はその中にどう生きるのか。全人的なかかわりを要求されるし、それをしたくなるのがコンステレーションですね。

だから、「私」にとっての意味が物凄く大事になってくる。誰かが、あなたの星座、これじゃない?って言ったとしても、星と星をつなぐ意味が本当に「私」の腑に落ちないと、それは果たして「私」の星座なのでしょうか。誰の星座を見ているのかということになりかねません。

「私」にとっての意味は私の中から紡ぎだされていくと思う。種子が環境が与えられて季節がくれば、自分の中の自然の力によって発芽するように。

 

トチノキの冬芽

 

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