エドワード・バッチ医師の人生-2

エドワード・バッチ 医師(Dr. Edward Bach:1886-1936)

病気が肉体の領域に現れる前に、
たましいと心の葛藤に気付いて、
それを調和させることができれば、
病気を防ぐことができる

バッチ医師はその葛藤が、2つの基本的な誤りからくると考えました。
1つは、たましいと性格(人格)との不調和、
もう1つは、他者の苦しみに平気でいるような残忍さや、
道徳的に間違った行為を人に対して行うことです。

彼は当時の医学が病気の原因ではなく、
結果ばかりに注目していると考え、
これからの医師には次のようなことが必要だと考えました。

患者が自分自身を理解することを助け、
病気の原因となっているたましいと心の葛藤を見出して、
それを調和に置き換えることができなければならないと。

ロンドン・ホメオパシー病院での
経口ワクチンの開発で成功を手にしたバック医師でしたが、
1922年(36歳)にはロンドン・ホメオパシー病院をやめ、
パーク・クレセントの研究室に移り、研究を続けました。

バッチ医師は病気を治療するのに
より自然のものを使いたいと願い、
7種類の腸内バクテリアの代わりに7種類のハーブを使うことを考えます。

そして、1928年の9月にウェールズに行き、
最初の3つのフラワーレメディ、
インペイシェンス(インパチェンス)、ミムルス、クレマティスを作りました。

その年の11月には英国ホメオパシー学会の講演で
ある種の植物がバクテリア・ノソードと類似の作用があると述べています。

そして1929年の終わりまでには、
バクテリア・ノソードによる治療をすべてやめ、
1930年のはじめには新しいレメディを見つけるために
ロンドンを離れてウェールズのBettws-y-coedの近くの小さな村に移りました。

同じ年に北ウェールズのAbersochを訪れ7月まで滞在し、
そこでレメディの抽出方法の1つである太陽法を完成させました。
「汝、自らを癒せ」が書かれたのもこの地でした。

8月にはイングランド東部ノーフォークのクローマーという海岸沿いの小さな町で、
アグリモニ、セントーリ、チコリ、セラト、ヴァーヴェインを、
9月にはスクリランサスを発見します。

この年から亡くなるまでの6年間、
バッチ医師は新しいフラワーレメディの開発に専念しました。

(つづく)

エドワード・バッチ 医師の人生・・・その1

エドワード・バッチ 医師の人生・・・その3

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参考文献

・Jessica Bear 『Practical Uses and Applications of the Bach Flower Emotional Remedies』Balancing Essentials Press, 1990
・The Bach Flower Research Programme http://www.edwardbach.org/research/EdwardbachHome.asp

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