エドワード・バッチ(バック)医師の人生-3

エドワード・バッチ医師(Dr. Edward Bach:1886-1936)

エドワード・バッチ医師が最初のフラワーレメディ(フラワーエッセンス)を作ったのは1928年42歳のときですが、(*1)
その年の11月には英国ホメオパシー学会の講演で、
ある種の植物にはバクテリア・ノソードと類似の作用があると述べています。

そして、1929年の終わりまでには、
バクテリア・ノソードによる治療をすべてやめ、フラワーレディの開発に専念し始めました。

1930年にはアグリモニ、セントーリ、チコリ、セラト、ヴァーヴェイン、スクリランサスを発見しました。
1928年のインペイシェンス(インパチェンス)、ミムルス、クレマティスとあわせると、
1930年までにバック医師の発見したフラワーレメディは9つになりました。

そして、1931年6月にはウォーターヴァイオレットを、
7月にはジェンティアン(ゲンチアン、ゲンチアナ)を見つけました。
1932年には前年にジェンティアンを見つけたWesterhamに戻って、ロックローズを発見しました。

この最初に発見された12のフラワーレメディは12ヒーラーズと名づけられました。
これらは人が本来持っている気質や性格に対応するものと位置づけられました。

また、1931年には「汝、自らを癒せ」(‘Heal Thyself – An Explanation of the Real Cause and Cure of Disease’)を、
1932年には「汝、自らを解放せよ」(‘Free Thyself’)を出版しました。

1934年までには次の7つのフラワーレメディ(ゴース、オーク、ヘザー、ロックウォーター、ヴァイン(バイン)、オリーブ、ワイルドオート)を発見し、後に7ヘルパーズと名づけました。
この7つは日々の生活の中で慢性的になった状態に対応するものです。

1935年には、次の19のフラワーレメディが作られました。
これらはセカンド19(チェリープラム、アスペン、エルム、チェスナットバッド、ラーチ、ビーチ、ウォルナット、スターオブベツレヘム、ホリー、ホーンビーム、クラブアップル、ウィロウ、パイン、レッドチェスナット、マスタード、ワイルドローズ、ハニーサックル、スイートチェスナット、ホワイトチェスナット)と呼ばれ、日常生活で経験する感情や心理状態を乗り越えていくためのものと位置づけられました。

前半に作られた12ヒーラーズと7ヘルパーズをあわせた19は太陽法で作られました。
一方後半に作られたセカンド19は1つの例外を除いて煮沸法で作られました。
ここでは詳しく述べませんが、製法が変えられた理由は、
エドワード・バック 医師が前半の19と後半の19をどのように位置づけていたかということに関連しています。

翌1936年、エドワード・バッチ 医師は50歳の誕生日(9月24日)に、
フラワーレメディに関する講演 ‘Healing by Herbs’ を初めてWallingfordで行いました。
そして、その2ヶ月後の11月27日の夜この世を去りました。

まさにフラワーレメディ(フラワーエッセンス)をこの世に送り出すためにあったようなバック医師の人生です。
フラワーエッセンスがこうして生まれ、今わたしたちに受け渡されていることに深く感謝します。

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*1:このときはまだ太陽法が確立されておらず、ホメオパシー的な手法で作られたものです。その意味では正式なフラワーレメディとはいえないかもしれません。

 

エドワード・バッチ 医師の人生・・・その1

エドワード・バッチ 医師の人生・・・その2

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