SEED3-5のフォロー:『汝、自らを癒せ』,プラクティショナーの光と「影」など

日曜日はお疲れさまでした。SEED3-5のフォローです。

『汝、自らを癒せ』

バッチ博士の「汝、自らを癒せ」の一部を読みましたが、ぜひ全文をゆっくり読んでみてください。

キリスト教的な世界観がすんなり入ってこないと感じる人が、僕を含め、いたと思いますが、読んでいてひっかかるところがあったら、そこをメモしておいて、自分がどこに引っかかるかをクリアにすることもとても意味のあることだと思います。

そして、1930ごろという時代背景や宗教的な背景を理解することもとても意味のあることと思います。日本人は皮膚感覚として多神教的な世界観があるので一神教的な世界観を理解するのが難しいところがあると思いますが、自分の世界を半歩出て相手の世界を理解しようとすることもプラクティショナーにとっては大事なことだと思います。

 

先日確認したかったことは、ちょっと乱暴にいってしまうと「人が癒えることはたましいと自我の折合いがつくこと」だといえるのではないかということと、そのときに、欠点(フラワーエッセンスでいう調和の乱れたときのパターン)を外側から何かで埋め合わせようとしたり、意志の力で抑えつけようとしたりするのではなくて、その奥に眠っている可能性(フラワーエッセンスの調和時の性質)に光をあてて、それを育てるのがフラワーエッセンスだということです。

だから癒しや成長は、たましいの声に耳をかたむけ(「私」を超えて「私」を支えるものを大事にする)ることと、自我を育てる(「私」はどうしたいか、どう考え、どう判断し、どう行動するか)ことを調和させていくことなんだと思います。

で、フラワーエッセンスの作用は意識と無意識のバランスが変化することを促す。奥に眠っている可能性(たましいの声)とつながることを助ける。それは内側の自然が目覚めることですね。たましいは内側の自然。

フラワーエッセンスの光と影

資料の通り

プラクティショナーの光と「影」

プラクティショナーとクライエントの関係では、基本的にプラクティショナーが力をもつ構図になっています。だからこの関係をよりよく保っていく責任はつねにプラクティショナーの側にあります。

プラクティショナーが自分の無意識に光をあて続けることを求められるのは、完璧なプラクティショナーになるためではなくて、「クライエントの癒しに貢献したい」という純粋な気持ちを積極的にいかしていくためです。それを実現していくためです。そのときの自分にできる範囲で正直に自分に向き合うことが一番大事だと思います。

「影」に向き合うことは決して「楽しい」ことではないかもしれません。でも、僕はそれに気づいたとき、それを受け入れることができたとき、いつも深い感動を覚えます。そして、それをクライエントのためにいかすことができたときはなおさらです。

先日個人的な夢の話をしましたが、あの夢に気づいたとき本当に深い感動がありました。胸の奥が熱くなって泣けてきました。影を受け入れることは自分がより全体に近づいていくことでもあります。それはそのまま癒しであり、成長です。プラクティショナーはそれをクライエントとの関係の中で経験できるところがすごいことだと思います。

できるだけジャッジしないで、いい悪いとか、正しい間違っているとかを横に置いて、正直に自分に向き合うことを続けて、次のセッションに生かしていくことができると、ものすごく創造的な仕事ができると思います。

フラワーエッセンス療法の三者の関係

この図はフラワーエッセンスを使ったセッションの中でこのような関係はつねに起こっていると思います。それをどのように扱うかはセッションのスタイルやプラクティショナーの個性によって違ってきます。

どのように扱うかは別にして、何が起こっているかをある程度意識化できると、セッションは物凄く創造的になります。次回はそのあたりも含めて、転移・逆転移についてやりたいと思います。

 

フラワーエッセンス療法の三者の関係

 

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