まだ言葉にならないもの

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ここ数日ブログ記事を書いていない。というか、書けない。SNSもほとんど見ていない。

書くことよりも考えたり、感じたりすることにエネルギーを使っているんだろうな。そういう時期なんだと思う。

このところ、あることをきっかけに「見えない世界」とどうかかわっていくかということを改めて考えるようになった。「見えない世界」と言ってしまうと、いろんな想像や妄想が広がって、怪しい世界として拒絶したくなる人もいれば、入れ込む人もいると思う。けれど、要するに内的世界。アストラルの世界。関係の世界。

個人的な生き方という意味でも、フラワーエッセンス療法の位置づけという意味でも、なんかここは避けて通れないと思う。友達や仲間には、ぎゃーぎゃー言って質問している。わからんと言いながら持論を展開してみたりする。そこから化学反応がおこって新しい何かが生まれてこないかなと、とにかくぶつけてみる。要するにもがいている。

フラワーエッセンスを人のために使う場合、その捉え方には相当に違いがあるように思う。その違いはなんなんだろうとずーっと思ってきた。何がカギなんだろう?と。

Commellina_communis

このところ、それは「関係」かなと思い始めている。関係をどうとらえて、どう対処するか。そこに大きな違いがあるのかなと。

フラワーエッセンスを人のために使おうとすれば、相談者の人と療法家と植物という3つの存在の間に3つの関係が生まれる。そうした「関係」を自然科学的にできるだけ排除して?、均一化して?、「フラワーエッセンスの作用とその効果」という因果関係でとらえようとする方法が一方の端にあるとすれば、もう一方の端にはそうした関係をある意味通路として使おうとする人たちがいる。

3者の関係をそれぞれの内的世界の共鳴と捉えて、その通路を通して共有している自然の力をフラワーエッセンスの作用の土台にするような世界観がもう一方の端にはある、と思う。それはいわば3者の物語が響き合う世界で、神話の世界といえるかもしれない。ユングが好んで用いたといわれる「雨乞い師」の逸話のようなコンステレーションの世界。この延長線上には異界との橋渡しをするという意味でのシャーマンの仕事があるんだろうな。

そんなことを考えてみるけどやっぱりうまく言葉にならない。ならないけれども、心理療法家にとっての枠の意味や、シャーマンにとっての儀式の意味がこれまでとは違った次元で浮き上がってくるように感じる。

9月のバッチ医師の誕生日の夜は、AFET主催のスカイプ茶話会があります。テーマは「フラワーエッセンスと夢と内的世界」。近日受付開始しまーす。

 

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