アーキタイプとしてのフラワーエッセンス(3)

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一般にはアルケミーは卑金属を金属に変えようとする試みだったとされていましたが、ユングはアルケミーの豊かなイメージをたましいの変容を促す象徴的なプロセスとして読み解きました。

余談ですが、「アルケミー」という言葉を使うことには正直かなりためらいがあります。というのはアルケミー(日本語では「錬金術」)はさまざまな歪んだイメージの投影先となっているし、アルケミー自体にもさまざまな不純物が紛れ込んでいることも否めないので、「アルケミー」という言葉で伝えたいことがどれくらい伝わるか、どれくらい歪んでしまうかと考えてしまいます。

で、アーキタイプの話ですね。

 

僕らは眠っている間に夢を見ます。眠ると自我のコントロールが弱まって、表層の意識のはたらきが弱くなって、代わりに心の深い層の領域の活動が活発になってイメージが生じます。夢はそのイメージを自我が把握したものと考えられます。

ユングは患者の夢を通して無意識からのメッセージに耳を傾けたわけですが、そうした夢の中に現れるイメージが、ひとりひとりまったく異なる無関係なものではなくて、心の深い層では共通のイメージやテーマが現れることを発見しました。そして、そのような共通のイメージやテーマが個人の夢だけではなくて、精神病患者の妄想や、未開の人々の伝承や、また神話や昔話にも認められることを発見したのです。個人を超えて、民族を超えて、時代を超えて普遍的なイメージが存在することを発見しました。

 

たとえば、「母なるもの」のイメージは個人を超えて、時代を超えて人類に共有されるイメージです。僕らはそれを学習しなくても生まれながらにもっています。そのようなイメージはいろいろな形をとって神話や昔話の中に表現されているし、僕らの内面でも息づいています。

内面に息づいているというのはどういうことかというと、動物や人間の赤ちゃんを見たとき、どんな気持ちになるかを考えてもらうといいと思います。自然にお母さん的な気持ちになりませんか。お母さんの経験のない人であっても、男性であっても、自然に母性的な気持ちを経験すると思います。それは僕らが心の深い層に、母なるもののイメージを生まれながらに共有しているからだと考えられます。

 

このように、人間の心の深い層には、個人を超えるような領域があって(集合的無意識とか普遍的無意識と呼ばれる)、その領域には普遍的なイメージやテーマを生み出すような機能があるとユングは考えました。そして、人間の心の個人を超えるような深い層に備わっている、普遍的なイメージを生み出す元となる可能性を「アーキタイプ」(元型)と呼びました。

 

ですから、フラワーエッセンスをアーキタイプとして捉えるということは、外側の自然である植物からつくられるエッセンスが、内側の自然である心の深い層に備わっている、ある性質(イメージ)と響き合うことを意味しています。

何度も例に挙げているミムルスでいえば、僕らの心の深い層に備わっている「恐れ/勇気」のイメージにはたらきかけて、「恐れ」の対極にある「勇気」の種子にも光を届けてくれます。

 

 

ミムルス

ミムルス

 

 

 

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