両面性…アーキタイプとしてのフラワーエッセンス(4)

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心の深い層には個人を超えて、みんなで共有しているような領域があって、そこには「母なるもの」とか、「父なるもの」とか、「子ども」とか・・・私たちが生まれながらにもっている振る舞いのパターンの可能性アーキタイプが備わっている。だから、それなりの状況に遭遇すればアーキタイプのイメージがはたらいて、私たちは学習しなくても生まれながらにそれなりの振る舞いをすることができる、とユングは考えたわけですね。

みんなで共有しているような心の深い層といっても幅があります。めちゃくちゃ深ーい層のアーキタイプはユングが取り上げたような物凄く基本的なもので、タロー(タロット)などのアーキタイプはそれらと重なり合い、浸透し合うような形で層をなしている感じゃないかと思います。

そんなふう考えてみるとフラワーエッセンスが響き合うのも、みんなで共有している心の層に備わっているアーキタイプ(生まれながらにもっている振る舞いのパターンの可能性)として捉えることができます。

 

アーキタイプは二面性というか、両極性をもってます。光と影というか、肯定的な面と否定的な面というか。

たとえば「母なるもの」のアーキタイプは、産み育てる面と呑み込んで死に至らしめる面とをもっています。母性の産み育てる面というのはイメージしやすいと思いますが、呑み込んで死に至らしめる面となると、あまり考えたくないような気持ちになるかもしれませんね。でも、アーキタイプは本質的に両面をもっています。

たとえば昔話に出てくる「山姥(やまんば)」のイメージなどは、母性の呑み込んで死に至らしめる面を表わしていると思います。あるいは鬼子母神のイメージや物語は母性の両方の面を表わしていますね。死と再生の両方を司る女神が登場する神話も少なくありません。

そして、そういうことは昔話や神話などの中だけではなくて、僕らの内面でも起こります。子どもを包み込み抱きしめる力が強すぎると、子どもの自立にとってはさまたげとなります。子どもは自分の個性を自由に生きることができなくなって、精神的な死を経験することになるかもしれません。このように「母なるもの」のアーキタイプは、産み育てる面と呑み込んで死に至らしめる面の両方をもっています。

 

同じようにフラワーエッセンスの性質には、二面性というか両極性があります。ミムルスの恐れと勇気のように。フラワーエッセンスの選択でとても大事なのは、この両極性をどう理解するかだと思います。

  1. キーワードだけの理解。
  2. 知的な乾いた情報としての理解。
  3. 物語や人物像のような生きたイメージとしての理解。
  4. 生きたイメージが自分の経験に結びついた理解。
  5. 生きたイメージが植物の特徴や存在感と結びついた理解、そして植物との信頼関係。

適切なエッセンスを選択したり、その効果を最大限に受け取るには、目指すは1.から5.に近づいていくことだと思うのですが、どうでしょうか。

 

 

ワイルドローズ

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