震災から5年

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震災から5年。被災地の方々にとっては色あせるどころか、終わることのない苦悩をこころの奥に抱えて日々を送られていらっしゃるのではないかと思います。もしかしたら、直後よりも今の方が苦しい方たちも少なからずいらっしゃるのではないかとも思います。

最近、これまで震災の記憶を語らなかった方が5年経って語られるようになったという報道を見ました。それはよかったと思う反面、誰でも震災の記憶を語ることが癒しになると勘違いして、そう思った人が善意でそれを手助けして、返って傷を深くしたりするような状況にならなければいいなと願います。

 

現代人の私たちは、科学技術を信仰しているせいなのかなんなのか、一つうまくいくことがあると、その方法論がいいのだと思い込んで、それをすべての人に適用しようとする傾向があります。何か「有効な」ことがあると、それを取り出して誰にでも適用しようとするところがあります。

確かにそれがうまくいくこともあるでしょうが、本当に痛みを抱えた方や、人知れず深い苦悩を抱えた方は、そういう網の目からはきっとこぼれ落ちてしまうのではないかと思います。そして善意にはなんとか感謝を述べられて、一方で自分の心情と「他者」のそれとのギャップに苦悩するようなことがおこらないことを祈ります。

 

昨日テレビで、双葉町で訪問介護の仕事をされていた方が屋内退避の指示が出たために、毎日通っていた高齢の方のところへ行けなくなっってしまい、3日経ってとうとうご自分の判断で行かれたというお話をされていました。そして、ケアをされて救急車を呼ばれたそうですが、その後その方は亡くなられました。

このような経験は特別なことではなく、津波や原発事故を経験された方のほとんどは同じような痛みをこころの本当に深いところに抱えて日々を生きていらっしゃるのではないかと思います。

 

そのような痛みの前で、もし自分ならいったい何ができるだろうと思います。できることはないかもしれません。いつか癒えるという想像すらできません。そうした痛みを癒すことは誰にもできないだろうと思います。誰にもできないだろうけれども、そうした痛みを抱えて生きて行かれる方に何かできることはないだろうかと思います。

 

5年経ったからこそ、ここからそういうことを真剣に考えていくときなのではないかと思います。震災の1ヶ月前にはじめて仙台でセッションをやらせてもらって、震災後一年は毎月のように夜行バスで行かせてもらった僕は、いつかまた仙台に戻って自分にできることを形にしてお返しさせてもらえたらと思っています。

 

人により好みもあるだろうが、私は困難な場合は、なぜなし療法の方が効果的だと思っている。そして、なぜなし療法をやっているつもりが、終わってみると思いがけない「なぜ」に対する答えが見つかったように感じるときもある。こんなわkで、「なぜあり」ファンタジーや物語が、まちがっているとか浅薄とかいう気はまったくない。ただ、困るのは、その話に感動するあまり、それが物語であることを忘れ、それを「法則」のように考えて「適用」しようとすることである。そうなると、それはシンリ教になる。

 

たとえば、これは実際にあったことだが、阪神淡路大震災のときに、避難所に入ってまだ不安におびえているような人に対して、ボランティアの人が「震災のときの話をしてください」とか、「震災のときのことを絵に描いて下さい」などと言ったりした。これは、つまり先ほどのアレキサンダーのような方法をここに「適用」しようとしている。恐怖の体験で障害のある人に対しては、その体験を言語化させれば治るという単純な「法則」に頼ろうとしている。これは明らかな間違いである。・・・(河合隼雄 『猫だましい』 新潮社 2000、73p)

 

2012、仙台市野草園

2012、仙台市野草園

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