傷を負った癒し手 – 5 (内なる癒し手)

(「傷を負った癒し手 – 4 (ところでアーキタイプって?)」からの続き)

助けを求める人とその人のために助力する人の関係、治療者や援助者とそれを求める人との関係の中で活性化するアーキタイプは、「傷を負った癒し手」のアーキタイプ、つまり「傷を負った者ー癒し手」という二つの極をもつ元型だ。私たちがどちらの側になっても、心の深いところで「傷を負った者ー癒し手」というアーキタイプが活性化される。

私たちは元型の二つの極を自分の中に持って生まれてくる。外界に元型の一方の極が現れる時には、内的なもう一方の極も活性化するものである。(*1)

仮にそうだとして、私たちが病気になったり傷ついたりして心の中で「傷を負った者」と「癒し手」の両方が活性化されたとして、それでいったい何が起るのだろう。

 

私たちの普段の意識は、こういった相矛盾する二つのものに同時にフォーカスすることは得意ではない。自分の中の両者の存在を見出すよりも、どっちなのかはっきりさせて、すっきりしたいのが私たちの普段の意識だ。

そうすると、病気になったり傷ついたりしたとき、私たちは自分を元型の「傷を負った者」の極に合わせることになる。そして、「癒し手」というもう一方の極を外側に探し求める。

言い換えると、意識の上では「傷を負った者」の極が、そして無意識内では「癒し手」が活性化される。そして、無意識内で活性化された「癒し手」は外側の治療者や援助者に投影されるということが起る。

つまり、私たちが病気になったり傷ついたりして、外側に癒し手を求めるとき、心の無意識の領域では「内なる癒し手」が活性化されている。この「内なる癒し手」は私たちの中の「治癒力」とか「回復力」と呼べるようなものだ。

 

外側の癒し手、治療者や援助者は、助けを求める人の中の「内なる癒し手」が目覚めなければ何もできない。どのような手段によるかは別にして、助けを求める人の無意識内の「内なる癒し手」が意識の光の中に芽吹いて成長していくことを手助けすることが、外側の癒し手の仕事になる。

 

——

*1:A. グッゲンビュール=クレイグ『心理療法の光と影』創元社 1981, 117p

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