母なるものとの格闘

今朝目を覚まして浮かんできた考えは、自分が格闘してきたのは、そして格闘しているのはグレートマザーなのだろうということでした。

グレートマザーは母なるものの元型(アーキタイプ)です。故河合隼雄先生は日本社会が母なるものの元型に強い影響を受けていることを指摘されていました。その辺のことは『母性社会日本の病理』などに詳しく書かれていますが、京都大学の最終講義のなかでその発端となるようなご自身の経験についても語られていいます。

先生がスイスから日本に戻られたときに、ご自分のお母様に「攻撃性」が加えられるような経験をされたそうです。そういう出来事が重なったんですね。しかし、どう考えてみても個人的なお母様に対する感情ということでは説明がつかない。そういうことはユング派の分析家になる過程でよくよく取り組まれてこられたわけですから。

そうすると、しばらくたって当時としてはまだ珍しかった不登校の子どもさんが相談に来て「肉のうずの中にぐうっと巻き込まれて、叫び声を上げて目が覚めたという夢」(*1)を報告します。

先生はこのコンステレーションを、先生の個人的な問題とか、その子の個人的な問題というよりも、母なるものの元型に強く影響を受けている日本の社会との格闘という意味にとらえられました。そういうところへ帰ってきて自分は心理療法家としてどう生きていくのかということを問われているのだと。それがその後の先生のお仕事へとつながっていくわけです。

 

話を元に戻すと、ゲンチアンのタイプの経験しやすいパターン、困難に出会ったときに自分を疑って落胆してしまうというパターンは、僕の場合母なるものの期待に応えたいという思いと、自分は自分であってその期待通りには生きられない。だから自分にはその期待に対して返すものがない。・・・みたいなことが大きくかかわっているんじゃないかと今年になって思うようになりました。

つまり、自分の自由を生きることと母なるものへの裏切りがセットになっていて、その悲しみを最小限に抑えるためには、距離をとるしかない。自分から「孤児」になるしかないというようなことが自分の内的な物語としてあるんだなと思ったのです。実際僕は子どものころ母に「孤児になりたい」と言ったことがあります。確かに個人的な関係もあったでしょうが、たましいのテーマとしてそういうことがあるのだろうと思います。

 

そして、ノイバラとペンステモンとゲンチアンが教えてくれるのは、返すものは僕が僕を生きていること自体だということです。母なるものの期待通りに生きることはできないけれども、裏切りの悲しみも正面から引き受けて自分の胸の奥にともる灯をただ生きる。それが世界に返すもの、それが世界の期待に応えることだと花たちは教えてくれます。

*1:河合隼雄 『こころの最終講義』 新潮社 2013 29p

 

ノイバラ

ノイバラ

 

フラワーエッセンスヒーリング個人セッション(対面/電話/スカイプ)はこちら→セッションメニュー

 

Submit a Comment

Your email address will not be published. Required fields are marked *

Seeds of Angelica Newsletter

Seeds of Angelica Newsletter

フラワーエッセンスと関連植物の情報や、Seeds of Angelicaの活動やイベント、ブログ記事などのご案内のNewsletterです。

 

講読をご希望の方はメールアドレス(お名前は任意)を入力して登録をクリックしてください。

ありがとうございます。ご登録が完了しました。