フラワーエッセンスと、ネガティブと、ドラゴンについて-5

 

自我の現実からたましい(ドングリ)の現実への旅と、フラワーエッセンス

フラワーエッセンスと、ネガティブと、ドラゴンについて-2」で「私とドラゴンの関係」について書いたように、僕らは日々の経験を生きると同時に、その経験を「私」の体系の中に収めるということをやっています。その両方の主体となるのが「自我」ということだと思いますが、それによって一人ひとり独自の生き方とか、世界観とか、価値観をもって社会生活を送っています。

もちろん、その体系は育ってきた環境や生活している環境がもっている文化(家庭、地域、国などの文化)に大きな影響を受けています。たいていはある程度その文化が受け入れることのできる価値観や世界観が「私」の体系の土台になると思います。

そして、そのような体系があるからこそ、日々起こってくることに対して、その体系を基準に判断を下したり、選択したりして日常生活をしていけるわけです。

 

前の記事では、このような「私」の体系の範囲で、フラワーエッセンスを使うときに、一般に起こってくるのはこんなことじゃないかな、ということを書いてみました。

もちろん、フラワーエッセンスを服用して経験することは一人ひとり違うので、作用と反応を大まかに捉えた程度にすぎませんが。

 

ところで、人生を生きているとそれまでの「私」の体系では答えの出ないような経験に出くわすことがあります。

たとえば、ちょっと極端な例になりますが、人生がどうしてもうまく運ばなくなったり、挫折や失望を味わうような経験をしたり、自分や家族の誰かが重い病気にかかったり、大きな不運にみまわれて多くのものを失ったり、愛する人や動物との別れを経験したり…。

そのようなとき、私たちは方向感覚を失い、これまで自分がやってきたことがまったく意味のないことだったのではないかと感じられたり、まったく無力感にさいなまれたりすることがあります。それはある意味突然ドラゴンと遭遇してしまったような経験であるかもしれません。

 

「なぜ、これが私に(私の家族に、私の恋人に)起るの? 起らなくちゃいけないの?」

多くの場合、この問いに「私」の体系の世界観や、「私」の体系の正義を基準に答えを出そうとしても答えは出せません。自我にとっては最悪にネガティブな出来事で、「なぜ」と考え、何が原因かを探し出そうとしますがうまくいきません。

そのようなとき、その問いの原因ではなく、意味を求める内面の旅がはじまります。僕らは自我の現実からたましい(「ドングリ」)の現実へと旅をすることになります。

 

ここに挙げた例は極端なものですが、程度の差こそあれ、それまでの「私」の体系に収めることが難しい現実に出会うとき、僕らはそれまでの体系が崩れ去ってしまう危機に直面します。そして、たましいの現実へと旅をして、たましいにとっての意味を探し出し、それを持ち帰って新しい「私」の体系を創造することになります。

日常的なことを超えて、この内面の旅の助けとして、支えとしても、フラワーエッセンスは物凄く力を発揮してくれます。そのときに起ることについては次回の記事で。

(つづく)

 

ワイルドローズの蕾

ワイルドローズの蕾

 

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