フラワーエッセンスと、ネガティブと、ドラゴンについて-7

 

自我の役割の一つは、大人になった僕らの中に今も住んでいる「傷つきやすい内面の子ども」を守ることで、ある程度安定した自我を育てることが世界と自分との関係を安定させることにつながること。フラワーエッセンスが自我を育てるための取り組みに大きな助けになるということを前の記事で書きました。

逆に自我のもつ機能が育っていないと、自分と自分以外のものとの境界があいまいになって、「ここまでは私の問題で、ここからは私の問題ではない」とか、「ここまでは自分が意識していることで、ここからは衝動的に無意識に反応している」とか、「この部分は外的な現実で、この部分は内的な現実」といった区別が意識されることが難しくなります。

そうなると、人のことまで自分の責任に感じたり、人の影響を強く受けてしまったり、自分以外のことに無意識にエネルギーを使って消耗したり、外側の出来事に内側のイメージを強く重ねてしまったり・・・といったことが起こりやすくなって、「傷つきやすい内面の子ども」が過敏に反応して生きづらい状況を経験することになりかねません。

 

たましいの器としての自我

それだけでなく、内面の旅を安全に始めることも難しくなります。なぜなら、内面の旅、つまり、たましいの現実へ旅をするときには、自我が安定した器としてはたらくかどうかが旅の安全を左右するからです。

内面の旅を始めると、たいてい準備が整っているかどうかを試されるような状況が訪れます。それは自分がひどく恐れを抱くような状況に直面して、それを超えていくという経験。いわば、「ドラゴンに立ち向かう勇気を試される」ときです。

僕らは、毎日を生きると同時に、その経験を「私」の体系に収めてくということをやっていて、その主体が自我なので、自我の守備範囲は意識の光が当たっているところです。

しかし、たましいとなると意識の光の当たらないところや、個人を超える普遍的なところにも及んでいます。

ですから、自我の器が安定していない状態で意識の光のあたっていない自分、言い換えると「私」の体系から排除してきたような自分、向き合うことを避けてきたのうな自分(ユング心理学でいう「影」)に出会うと不安や混乱や大きな葛藤を経験して、普段の自分を保つのが難しくなるでしょう。

成長した自我はたましいの協力者であって、たましいの物語が展開するためのかけがえのない器です。次はたましいの現実への旅を始めるときのイニシエーションとフラワーエッセンスについて・・・。たぶん・・・(^^;

 

アメリカハナミズキ

アメリカハナミズキ

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