私と私以外を分ける境界は同時に私と世界の交流の場

私と私以外を分ける境界は同時に私と世界の交流の場

内面の子どもと境界(バウンダリー)の形成

傷つきやすい内面の子どもを守るためには、ある程度柔軟で安定した自我を育てることを目指して取り組むのがいい(その助けとしてフラワーエッセンスを丁寧に選んで使っていくという過程が助けになる)ということを書きました。そのことを今度は「境界(バウンダリー)」の観点から考えてみたいと思います。

前の記事で書いたように、自我、つまり普段僕らがもっている「私」という意識は、この世に誕生したばかりの頃はなくて、間もなくして自分の振舞いが自分に起ってくることに影響を与えるんだということを学んでいくにつれて、徐々に形成されていきます。空腹で泣くと口からミルクが入ってくるとか、不安で泣くと抱っこしてもらえるとか・・・。「私」が影響を与えることのできる「私以外」の世界があるんだという経験によって、私以外の世界が立ち現れて、だんだんとその境界(バウンダリー)が形成されていくということですね。

境界は自分と自分以外のものが交流する場

ということは、境界(バウンダリー)は自分と自分以外のものとを分ける役割を担っていると同時に、自分と自分以外のものが交流する場、自分が世界とやり取りをする場でもあるわけです。

幼い子供にとって自分以外の世界は最初はお母さんということになると思いますが、自分とお母さんが違う存在だとう発見が自分と世界の境界(バウンダリー)の始まりになるということですね。

そして、「私」が影響を与えることのできる「私以外」の世界(お母さん)に自分のニーズが満たされるようにはたらきかけていきます。その後、はたらきかけの対象は両親へ、家族へ・・・と社会的に広がっていきます。それにしたがって自分と自分以外の世界がより明確になっていく(境界のあり方が確立されていく)過程は、同時に自分と自分以外の世界とのやり取りによって世界はどんなところかを経験していく過程でもあるわけです。

自我は自分と世界との調整役

このように自我は、自分のニーズと他者のニーズをバランスさせて自分と世界との関係を調整する役割を担っています。自分に要求されることや期待されることと折り合いをつけて、自分に必要なこと、自分が欲しいもの、自分が望むことを手に入れるという仕事をしているわけです。

ですから、僕らの境界(バウンダリー)の質というか、あり方は、自分と世界がどのような関係をもつかということに大きな影響を与えます。境界(バウンダリー)のあり方が不安定であったり、あいまいであったりすると、傷つきやすい内面の子どもは自分に必要な安全を満たすことができないと感じ、ときには自分のスペースに侵入される怖さを感じたり、搾取されるとおびえたりすることもあるかもしれません。

そして、通常僕らは、傷つきやすい内面の子どもが感じていることを大人の自分が感じていることと区別して意識したりはしていません。それはつまり、僕ら自身が感じていることなのです。柔軟で安定した自我を育てていくことは、幼いころに無意識に受け取った世界との境界(傷つきやすい内面の子どもが経験した世界との関係)をより安定したものに、そしてより豊かにしていくことでもあります。

コメントを送信

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Shares
Share This