ないものよりも、すでにここにあるもの

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春に実家に帰って、草刈りをしたときにタンポポとか、ノイバラとか、ウツボグサとか、ニワゼキショウなどを残して草刈りをしたという話はどこかにかいたと思いますが、ずっと里山で農業をしてきた人たちにとってはなかなか理解しがたいことだと思います。

それらの植物は単なる雑草で、ともすると農作業の邪魔にさえなるものですから、他の視点で見ることが難しい。それでたとえば、道べりに何か花を植えようというときには、じゃあヒマワリにしようかとか、色鮮やかな外来種になってしまうわけです。僕は、いやいや、もともとここに自生している植物をもっと生かすことを考えた方がいいんちゃうと。それは僕がいったん外側に出て違った視点で見ることができたからわかることだと思います。ずっとそこにいたらわからなかったかもしれない。

おんなじことが個人にも言えるんじゃないかな。

僕はそのことを植物から教えてもらいました。足りないものを補って完全になることを考えていたら、ずっと「足りない感」は消えないまま残ると思うのです。というか、僕自身そうでしたらから。どこまでいっても、自分はまだまだ不十分なんじゃないかという感覚がありました。

けれども、すでに自分がもっているもので、あまり意識してこなかったようなことの中に自分らしい輝く価値は必ずあって、それを土台にすることができれば不完全かもしれないけれど自分でいいんだという感覚をもつことができると思います。

それはバッチ医師の、欠点と戦うのではなく、それに拮抗する美徳を育てなさいといった言葉に通じるところがあるのではないかと思います。歩いてきた道の脇には、それがどんな道だったとしてもその環境を好む植物があって、花が咲こうとしているかもしれません。その道だからこそ生育する、蕾をつけた植物が必ずあるんじゃないかと思います。

足りないものを補おうとするよりも、すでにあるものの価値を見出して、受け入れて楽しむのがいいと植物たちは教えてくれます。自分の外側に描いた理想に近づこうとするよりも、今の等身大の自分が喜びと感じることから始めるのがいいと植物たちは教えてくれます。

 

ウツボグサ(2015/6/24)

ウツボグサ(2015/6/24)

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