河合隼雄先生と作家の小川洋子さんとの対談『生きることは自分の物語をつくること』を少し前に読んだ。

読んでると自分の深~いところが

じーん、となるところがたくさんあったが、

とくに次の河合先生の言葉は忘れられない。

(学校に行けない子が)

「行けなかった」と言ったとき、

「でも行けるよ」って言ったら、

行けなかった悲しみを僕は受け止めてないことになる。

ごまかそうとしている。

「そうか」と言って一緒に苦しんでいるんやけど、

望みは失っていない。

望みを失わずにピッタリ傍におれたら、

もう完璧なんです。

それがどんなに難しいか。

 

その人の世界の外側で希望を失わないでいるのは難しくないかもしれない。

けれども、その人の世界にとどまり続けながら、

希望を失わずにいることは、どれほどの覚悟やエネルギーを必要とするのだろう。

 

もし、「わたし」の世界を理解しようとしてくれる人が、

そこから出ないで、希望を見続けながら、

いっしょにい続けてくれるとしたら、

それはどんなに、どんなにこころ強いことだろう。

その人という鏡に映し出される「わたしの」希望を見ることができるだろう。

 

 

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