植物観察と真(まこと)の名 – その2

植物観察と真(まこと)の名 – その2

植物観察と真(まこと)の名 – その1」の続きです。

真(まこと)の名

「真(まこと)の名」とは何でしょう?

そのことについて河合隼雄先生は『ファンタジーを読む』の中で次のようにおっしゃっています。

その「真の名」というのは何だろう。たとえば、誰でも何かわけもなくイライラするときがある。そのわけがわからない限り、なかなかそのイライラは収まらない。よく考えているうちに、昼休みに同僚と雑談したときからイライラがはじまったことに気づき、なおも考えていると、おの同僚が自分の友人で株で大もうけした人が居た、と言ったことがきっかえらしいとわかってくる。自分はお金など人生ではあまり大切でないと割り切っているのに……と不思議に思っているうちに、自分の父親は「世の中はすべて金や」と口ぐせのように言い、それに強い反発を感じていたことを思い出してくる。

 

このあたえいまでくると、父が死んでから長く経つのに未だ父の言葉にこだわっていることや、お金のことは割り切っているなどと大きいことを言っていても、やはり気にしているのだな、といういことに気づいてくる。このようなことを考えているうちにイライラも収まり、仕事に集中できるようになる。つまり、感情の「イライラ」として捉えていたことの「真の名」がわかってきたので、自分の感情を「支配」できてきた、というわけである。(*1)

実際にはそれは真の名かどうかわからないけれども、真の名に近いあたりを知っても、自分で自分をコントロールできるようになるだろう、そんなふうに考えてみると、この物語の魔法使いの「真の名」も私たちの心の中のこととして了解できるかもしれないと。

植物観察と真(まこと)の名

一方、物語の中には大魔術師オジオンがの次のような言葉があります。

そなた、エボシグサの根や葉や花が四季の移り変わりにつれて、どう変わるか、知っておるかな? それをちゃんと心得て、一目見ただけで、においをかいだだけで、種を見ただけで、すぐにそれがエボシグサかどうか、わかるようにならなくてはいかんぞ。そうなってはじめて、その真(まこと)名を、そのまるごとの存在を知ることができるのだから。用途などより大事なのはそっちのほうよ。(後略)

これはフラワーエッセンスの植物観察と同じスタンスです。ゲーテ=シュタイナー的な自然観察のアプローチと同じです。

花が咲くときだけではなくて、一年を通して観察を続けて、その植物のメタモルフォーゼを知り、「そのまるごとの存在を知ること」。

それが真の名を知ることだと、物語の中で大魔術師は言っています。(つづく)

 

—-

*1:河合隼雄『ファンタジーを読む』河合俊雄編、岩波現代文庫 〈子どもとファンタジー〉コレクション 2, 193p-194p

*2:アーシュラ・K. ル=グウィン 『影との戦い ゲド戦記1』清水真砂子訳 岩波書店、38p-39p

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