オリーブと人類の歴史、オリーブのもつ象徴性
フラワーエッセンスの性質への理解を深めるには、
植物について知ることと、
植物とのかかわりを深めることが大事ですが、
ここでは植物としてのオリーブがもっている歴史や物語、
そしてオリーブの象徴性について
考察してみたいと思います。
バッチのフラワーエッセンスの中には、
人類との間に物凄く古い歴史をもっている植物が二つあります。
一つはブドウ(バイン)で、
もう一つがオリーブです。
しかもその関係は人間がその恵みを
栽培という形で受け取る関係です。
そこは他のバッチの植物と違うところです。
生命の樹
歴史を遡ってみると、オリーブほど
古い時代から人間とのかかわりが
語られている植物はほかにありません。
しかも注目すべき点は、
そのかかわりが自然のままのオリーブではなく、
「栽培」を通してのかかわりだということです。
栽培の起源は約六千年前の
地中海東方の地域だったのではないか
と言われています。
今日と同じように
実は食用にされ、
油は料理などに使われて
大切な栄養源となっていました。
それだけでなく、
灯火の燃料としても、
また医療分野で
傷の手当に用いる膏薬の原料としても
使われていました。
さらに、魔術的な病気治療にも、
死者のための化粧や
聖油として神々への捧げものとしても使われました。
古代の人々にとってオリーブは
生活をあらゆる面から支える自然の恵であり、
まさに「生命の樹」でした。
聖なる樹
ブロス(1993, 藤井・藤田・善本共訳 1995)によれば、
ギリシア語では熟したオリーブの実に関連する単語に、
「聖なるものとしての樹」という意味をもつ
drusに由来する語根dru-がついています。
drusは通常オークの樹を指す語に使われるのですが、
熟したオリーブの実に関連する単語にも見出されます。
その理由はオリーブの栽培が深くかかわっています。
黄金時代(*1)の人々の主要な食べ物は
オークの実、ドングリでした。
その減少とともに黄金時代が終わりを告げ、
オリーブの栽培が始まりました。
それによって聖なる樹が
しだいにオークからオリーブへと移り変わっていったのです。
聖書の中のオリーブ…神と人を結ぶ
栽培以前に分布していた地域は
小アジアだったと考えられています。
オリーブの樹やオリーブ油については
旧約聖書、新約聖書の至るとことに記述がありますが、
この地が初期の分布地で、
栽培が始まった地域であることを考えれば
自然なことです。
ヘブライ人(古代イスラエル人)の生活にとって
欠くことのできないものだったことがわかります。
聖書に登場するオリーブに関する記述の中で
私たち日本人にもなじみの深いものは、
創世記の中で洪水の後
ノアが放った鳩がオリーブの葉をくわえて
戻ってくる場面ではないでしょうか。
ノアは、それによって水が引き始め
陸地が現れたことを知ります。
この逸話は、現在の私たちが
オリーブに対してもっている
「平和」のイメージを象徴しています。
士師記(*2)には、樹々が
自分たちの王にふさわしいと思う樹に対して、
王になってくれるように頼むという話が
たとえとして語られています。
そのとき樹々が最初に選んだのが
オリーブの樹(次いでイチジク、ブドウ)でした。
それほどオリーブは特別な存在でした。
そして、そのときのオリーブの答えは、
「神と人に誉れを与えるわたしの油を捨てて、
樹々に向かって手を振りに行ったりするものですか」
というものでした(スミス 1884, 藤本 2006, pp335-7)。
「樹々に向かって手を振る」とは
王になって民衆に向かって
手を振る行為を示しています。
つまり、オリーブ油となって果たしている
自分本来の「神と人に誉れを与える」役割を捨てて、
王になったりすることが
どうしてできようかというのです。
オリーブ油は聖別にも用いられました。
聖別は人や物を神に仕える目的で用いるために、
聖なるものとする行為です。
また神から使わされた救世主、メシアは、
ヘブライ語で「主に油を注がれた者」を意味します。
ギリシア語では「聖油の塗布を受けた者」(Khristos)と呼ばれます。
もちろん、この油はオリーブ油のことです。
オリーブは当時の人々の日常を物質的に支えただけでなく、
神と人間との契約の象徴でもありました。
コーランの中のオリーブ…光の源
ユダヤ教、キリスト教だけでなく
イスラム教でも、オリーブの樹は
特別な樹として扱われています。
それは世界の中心にあり、
世界を支える宇宙樹であり、
オリーブ油は光の源と考えられています。
『コーラン』のスーラ第二四では、光について次のように説明されている。『アッラーは天と地の光、この光をものの喩えで説こうなら、まず御堂の壁龕(へきがん)(*3)においた燈明か。燈明は玻璃(はり)(4*)に包まれ、玻璃はきらめく星とまごうばかり。その火を灯すはいともめでたき橄欖樹(かんらんじゅ)(オリーブの樹)で、これは東国の産でもなく、西国の産でもなく、その油は火に触れずとも自らにして燃え出さんばかり。』(ブロス 1993, 藤井他訳 1995, 389p)
女神アテナとオリーブ(古代ギリシア)
オリーブの樹は
初代アッティカの王ケクロブズによって
エジプト、あるいはリビアから
ギリシアにもたらされたといわれています。
ケクロブスは半身半蛇の神で、
当時のアクロポリスは
ケクロベイアと呼ばれていました。
ギリシア神話では
このアッティカの地の領有権をめぐって
女神アテナとポセイドンが競い合う
有名な逸話があります。
他の神々の前で
どちらがこの地の守護神に
ふさわしいかを争いました。
ポセイドンが彼の三叉の矛を
アクロポリスの丘に突き立てると、
井戸ができ、その井戸からは
塩水が湧き出しました。
一方アテナが楯で大地を突くと、
その井戸のそばには
オリーブの樹が生えました。
オリュンポスの神々たちは
証人としてケクロブスを呼び、
ケクロブスはアテナに有利な証言をしました。
神々たちの中の男神たちは
皆ポセイドンを、
女神たちは皆アテナを支持しました。
結局アテナが勝利し、
それ以後アテナがア
ッティカ地方の守護神となり、
この地の首府はアテナイ(現在のアテネ)と
呼ばれるようになりました。
アテナイという名称(複数形)は
女神アテナの楯の下に成立した
都市連合を示しています。
このことによって、
ケクロブスはアッティカ地方の英雄となり、
アテナと共にこの地に
オリーブの樹をもたらした名誉を
分け合うことになりました。
このギリシア神話の逸話からも
オリーブの樹が当時の人々に
どれほどの恩恵をもたらしていたかを
量り知ることができます。
結び
聖書などの経典のいたるところに登場する
オリーブの記述を通して、
またギリシャ神話に登場する
オリーブの逸話を通して、
いかにオリーブが人類の歴史の中で
重要な役割を果たしてきたかを見てきました。
もともとの分布地であり、
最初の栽培地である土地の気候や、
その地に暮らす人々の宗教について
理解の浅い日本人の私ですら、
オリーブと人とのかかわりの深さに
感銘を受けるのですから、
太古の時代からオリーブと
歴史を共にしてきた民族にとっての重要性は
文字通り計り知れなません。
その重要性について
次の二点を強調しておきたいと思います。
まず第一に、オリーブと人間との関係が
「栽培」という形を通しての
ものであったことです。
自生しているオリーブの樹に
人間が手を入れ、
それによって自然の恵みを
受け取るという関係で、
それが黄金時代の終焉を意味し、
自然との新しい関係が生まれました。
オリーブと人間との関係は
はじめから聖書に登場するような意味合いを
もっていたわけではなく、
「栽培」を通して
築かれ深められていったと考えられます。
第二に、オリーブが人々の生活に
欠かせないものであり、
重要であったのは、
物質的な意味や
経済的な意味だけではなく、
真に精神的な意味でも
人々を支えてきたからだと思われます。
聖書やイスラム教のコーランの中では、
オリーブの樹やオリーブ油が
聖なるものとして扱われ、
神との契約の象徴でした。
当時の人々は現在の私たちのように、
物質と精神を分けて見る、
あるいは分けて経験するようなことはなく、
両者を一つのものとして
経験していただろうと思います。
聖なるものを抽象的にではなく
日常の皮膚感覚で
捉えていたのではないかと思います。
物質と精神という二元性を超えた形で
自分たちを外からも内からも支える存在が
オリーブだったと考えられます。
そのオリーブに関する記述が
聖書の中で最初に認められるのは、
創世記の大洪水が引き始めたときです。
このことはオリーブが
平和の象徴としてみなされる所以として
語られることが多いですが、
オリーブのもう象徴性の一つは、
人の深いところにある
自然と人のかかわりの原点を
思い出させてくれるような希望に
あるのではないかと思います。
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注
1.黄金時代:ギリシア神話でクロノスが神々を支配していた時代で、世界は平和と調和に満ちていて、人間は労働の必要がなかった。
2.士師記:旧約聖書のヨシュア記とサムエル記の間にある歴史書。
3.壁龕(へきがん):西洋建築で、厚みのある壁をえぐって作ったくぼみ部分。
4.玻璃(はり):ガラスの異称。
参考文献
1. ジャック・ブロス 1993、藤井史郎・藤田尊潮・善本孝共訳 1995「オリーブの樹とアテナイ創設」『世界樹木神話』pp.383-95
2. ウイリアム・スミス編纂 1884、藤本時男編訳 2006「OLIVE」『聖書植物大事典』pp335-43
3. 中島路可「オリーヴ」『聖書の植物物語』ミルトス 2000 pp61-3
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