眠れない夜。
がんばりすぎて、もう余力がないとき。
理由もなく、気持ちが沈むとき。
そんなとき、誰もが思うのは、「早く楽になりたい」ということ。
それはとても自然な心の動きです。
つらい状況は、ないほうがいいに決まっている。
ないほうがいいに決まっているけれども、
そういうことが、実際に自分に起こってしまって、
その原因がすぐに取り除けなかったり、
状況を簡単には変えられないようなものなら、
少し違った見方でとらえ直してみるのも、
ひとつの道ではないかと思います。
「ないほうがいいもの」は生命活動のサイン?
わたしたちは普段、
つらい状態や状況を「ネガティブなもの」として見ます。
「ないほうがいいもの」として捉えます。
熱が出れば、下げる。
気持ちが沈めば、早く晴らそうとする。
そうして乗り越えてきたことが、たくさんあります。
けれども、それだけでは、
うまくいかないことがあるのも事実です。
気持ちを切り替えようとしても、
なかなか切り替えることができない。
ずっと頑張っているけど、
つらい状況は変わらない。
そういうときは、自分の立ち位置をかえて、
起こっていることの全体を見ると、
「ないほうがいいもの」、「消し去りたいもの」が
からだやこころのサインでもあると気づきます。
たとえば、風邪をひいたときの発熱は、
からだが、侵入してきたものと
戦っていることを表しています。
日常が最優先の私たちにとっては、
「ないほうがいいもの」であり、「消したいもの」です。
けれども一方では、からだが発している声でもあります。
熱を下げて楽になることで、
回復を助けるのも大事です。
同時に、熱そのものが、
回復するために起こっている
生命活動だと捉えることもできます。
その生命活動自体に
敬意を払う
というスタンスです。
フラワーエッセンス(花から作られるエッセンス)は、
ここに足場を置いています。
体が発している声に耳を傾けてみると、
「最近少し無理をし過ぎていたかな」とか、
「疲れがたまっていたかも」と気づくかもしれません。
だとしたら、こころの状態にも、
同じことが言えるのではないでしょうか。
「ないほうがいいもの」と思っていることが、
もし、からだやこころの生命活動の「声」だとしたら、
「これは、自分に何を問いかけているんだろう」と考えてみる。
つらさを、ないほうがいい対象としてだけでなく、
自分のこころとからだが、調和を取り戻そうとしている——
その過程の一部として、捉えてみる。
たたまれていたものが、ほどけるとき
こうした見方を、わたしは植物の姿から
教えられることがあります。
春のはじめ、川沿いのオニグルミ(鬼胡桃)を見ていると、
冬のあいだ、かたく畳まれていた葉が、
ゆっくりとほどけはじめる時期があります。
冬のオニグルミの芽は、
かたくて、動きがなくて、
一見、何も起こっていないように見えます。
けれども、かたく畳まれていたのは、
無防備だったわけではありません。
その葉は、寒さや風から、内側の芽を守っていました。
守るために、かたくなる。
これも、ひとつの生命活動です。
冬のあいだだけを見ていると、
ただ閉じているようにしか見えない。
けれども、春までの時間の全体を見ると、
かたく閉じていた時間は、
次の姿が現れるための準備だったと、わかります。

つらいとき、わたしたちのこころも、
かたく閉じたようになることがあります。
その状態も、もしかしたら、何かを守っていたり、
次の姿を準備していたりする——
そういう時間の途中なのかもしれません。
花は、そのそばに
とはいえ、つらさの渦中にいるときに、
立ち位置をかえて、起こっていることの全体を見るのは、
簡単なことではありません。
わたし自身も、渦中にいるときは、
そんな余裕はなかなかもてません。
そういうときに、フラワーエッセンスは、
部屋に飾られた一輪の花のように、
こころのなかで、いっしょに居てくれるような存在です。
そのはたらきを、
本当は分けられないのかもしれませんが、
わたしは2つの面から捉えています。
ひとつは、こころとからだのエネルギーを充たし、
全体のバランスを整えること。
これが起こると、
それまで気になっていたことが気にならなくなったり、
元気が戻ってきたりします。
何かに「気づいた」というより、
「そういえば、いつのまにか気にならなくなっていた」
ということも、よくあります。
もうひとつは、
そのバランスの回復が、より深いところで起こるとき。
繰り返してきたこころのパターンのような、
深いテーマにふれるとき。
こころとからだの全体が
バランスや調和を取り戻していく過程で、
これまで意識していなかった自分に気づく、
ということがあります。
ここで大事にしたいのは、
フラワーエッセンスは、薬のように、
ある状態から別の状態へ、
強制的に移し替えるものではない、ということ。
自分を、無理やり何かと向き合わせるものでもありません。
気づきが訪れるとしても、
それは、こころとからだが調和を取り戻していく過程で、
自然に出会う「発見」のようなものです。
服用の頻度も、そのときの状態に合わせて加減しながら、
時間をかけて、自分のペースで使っていける。
つらさを消し去るのではなく、
調和を取り戻そうとしている生命活動に、寄り添う。
ここが、フラワーエッセンスの、
とてもいいところだと思っています。
フィルターを、見つめて
フラワーエッセンスの基礎講座で、
体感をジャーナル(短い記録)に綴ることを
続けてくださった方が、
こんな言葉を寄せてくださいました。
体感をジャーナルすることで、
気づかないうちに自分にかかっている制限のようなものに、
少しずつ気づくことができる。
ちっさなことだけど、貴重な体感です。
その方は、こんなふうにも書いてくださいました。
フィルターを見つめて、剥がしていく作業でした。
痛さも、弱さも、ずるさも、情けなさも感じて、
自分ってやつは……トホホ、となりますが、ジャーナルは続けたい。
はじめた9月の自分から、
ちょっと、たくましさが出てきた気がしています。
これは、さきほどの2つ目——
深いテーマにふれながら、
気づきに出会っていく時間だと思います。
自分の内側から聞こえてくる声に、
耳を傾けることを続けてこられた。
無理やりではなく、
ご自分のペースで、続けることを選ばれた。
その選択があったからこそ、「たくましさ」と出会うことができた。
今の自分に、近いところを
つらさを、すぐに消せなくても。
それが何を問いかけているのか、
急いで答えを出せなくてもいい。
今の自分に近いところを、
ひとつ、開いてみるだけでいいと思います。
「こころの手引き」という小さな冊子(PDF)を、
無料でお届けしています。
今の心の状態から、寄り添ってくれる花を引ける、
ささやかなガイドです。

あなたが「ないほうがいいもの」と思っていることは、
あなたに何を問いかけているでしょうか。
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