何かをあきらめる。そんな選択は、
私たちの人生に何度も訪れます。
日常的なこともあれば、
人生を左右するようなことも。
そして、いったんあきらめたことが
のちに実現の機会を与えられることも、
案外あるのではないかと思います。
いったんあきらめたノイバラ
ノイバラのフラワーエッセンスをつくったときのことは、
他の記事でも書いていることですが、
今回はそのときの心の動きに注目して
振り返ってみたいと思います。
十年以上前の2015年5月21日。
場所は、岡山の実家の棚田がある谷川べり。
そこには毎年ノイバラがたくさん咲きます。
そのノイバラでつくろうと決めて、
前日に現地に行きました。
けれども作業を予定していた前日に行ってみると、
ノイバラはたくさん咲いていましたが、
ほとんどが花のピークを過ぎていました。
これではエッセンスはつくれない。
残念だけれども、しかたない。
今回はタイミングが合わなかったということ。
ノイバラのエッセンスはあきらめるしかない。
自然を相手に作業するというのは、
こういうことを受け入れることだ。
今回の経験はその学びでもあるのだろう。
半ば自分に言い聞かせるように、
そんなことを考えました。
で、どうするか。
明日は中止にするか。
それとも他の花でつくるか。
ノイバラ以外にその場所で咲いている花といえば、
その前年にもエッセンスをつくった
ニワゼキショウでした。
明日はノイバラではつくれないけど、
ニワゼキショウでつくろう。
ニワゼキショウとのつながりを
さらに深めるチャンスかもしれない。
「明日はニワゼキショウでつくる」と決めて
その場をあとにしました。
エッセンスをつくること自体もあきらめる?
当日の朝、空を見上げると、
雲一つない快晴。
はやる気持ちを抑えながら、
準備を整えて現地に向かいました。
ところが、昨日決めたニワゼキショウのところへ行ってみると
ほとんどの花が閉じたまま。
この時ばかりは、ショックでした。

これでは、ニワゼキショウでも
つくることができない。
今回はエッセンスを作ること自体を
あきらめろということ?
いやいや、昨年つくれたのだから、
9時ごろまでには開くかもしれない。
勝手に意味づけするのはやめて、
起こっていることの一つひとつに向き合って、
できることをやるしかない。
とにかく、花が咲いたときに
つくることのできる準備を進めておこう。
そう思って、水を確保しに行きました。
幅2、3メートルの谷川を渡って
向こう岸の畦道を少し歩き、
山道に出て50メートルほど行ったところにある、
山から流れてくる小さな流れの水です。
実はその山道は小学生のとき
毎日往復した道で、
小さな流れは、何度も喉を潤した水です。

谷川の向こう岸にわたったとき、
なぜかわかりませんが、
昨年通った畦道とは違う道を通って
水場に向かいました。
強いて言えば、時間があまりなくて、
傾斜はきついけれど、近道だったことと、
久しぶりに小学校のときに通った山道を
歩いてみたいと思ったというのが
理由といえば理由かもしれません。
が、そのときは、とっさに
こっちを行こうと決めていました。
花に呼び止められた?!
谷川の向こう岸から、山道へは、
急な畦道を上っていきます。
水を入れる容器をもって、
急な斜面を前にして歩き始めたそのとき、
何かわけのわからない衝撃を受けました。
とにかく、「衝撃」という感じで、
一瞬何がおこったかわからない。
「えっ?!」
振り向くと、
白い花のかたまりが
いくつか目に飛び込んできました。
そのとき、その衝撃が
甘いバラの香りだとわかったのです。

そこにあったのは
今を盛りに咲いているノイバラの花でした。
「こんなところに…」
谷川を渡る前は
他の植物の影で見えなかったノイバラの花が
目の前に姿を現わしてくれた。
いったんあきらめたノイバラが
その香りで私を呼び止めてくれた。
そう思えました。
というか、そのときは、
そうとしか思えませんでした。
あとから気づいた重なり
もちろん、これは偶然に起こった出来事。
けれども、ユングが言ったように、
私にはこれ以上ない「意味のある偶然の一致」だったことに
後になって思い至ります。
この後どのようにして、
ノイバラのフラワーエッセンスをつくったかは、
以前の記事に書いていますので、
興味のある方はそちらをご覧いただけるとうれしいです。
ここでは、この出来事を振り返っているときに
気づいた重なりについて書きたいと思います。
それは、ノイバラという、日本に自生している
原種のバラのエッセンスをつくるときに起こったことが、
イギリスに自生する原種のバラ、
ワイルドローズのフラワーエッセンスのテーマと
偶然にも重なったということです。
ワイルドローズのフラワーエッセンスのテーマは、
失望やあきらめによって麻痺した心が、
生きることへの情熱や喜びに、
再び目覚めることです。
ノイバラのフラワーエッセンスをつくったときに、
私の心がまず経験したのは、
「あきらめ」でした。
最初のあきらめは、ノイバラでつくることをあきらめたこと。
このあきらめは、意識的に受け容れる選択ができましたが、
二度目のあきらめ、ニワゼキショウの花が閉じていたことには、
少なからずショックを受けました。
このときのあきらめは、
私のなかの過去の傷つきや失望に
つながっているようなあきらめで、
まさにワイルドローズのテーマだと思います。
実際私は、拒否されたような失望を一瞬感じて
「今回はエッセンスを作ること自体を
あきらめろということ?」と自問しています。
けれども、そこで勝手な意味づけをやめて
自然のプロセスに自分を添わせることを選択しました。
その次に起こったことは、
「呼び止められた」ように感じる出来事です。
そのとき、私の心は
バラのあの甘い香りで
打ち抜かれたような衝撃を受けます。
そして、熱意と喜びをもって
ノイバラのフラワーエッセンスをつくることができました。
「あきらめたノイバラに、
呼び止められたと感じた瞬間」を
改めて振り返ったきっかけは、
先日の講座「植物と人のつながり」のなかで
期せずしてこの話をしたことでした。
その講座では、
植物の姿や物語と、
私たちの心に起こることの
重なりを見ていきます。
ワイルドローズと「いばら姫」の物語も、
その重なりのひとつです。
話しているうちに、
自分が経験したことが
その重なりのなかで、
これまでよりも深まっていくのを感じました。
こういうことは、
一人で考えているときよりも、
誰かと共有しているときの方が、
深まっていくように思います。
あなたが、いったんあきらめたものはありますか。
ここまで読んでくださってありがとうございました。もし、何か参考になったり、この記事いいなと思われたら、💚のボタンを押していただけるとうれしいです。


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