フラワーエッセンスの植物観察が目指すところ

2022年9月10日

フラワーエッセンスの植物観察が目指すところ

植物と私たちの共通言語は、
「自然」「いのち」が
もっている形や色。

その共通言語を通して
植物が自ら語る言葉に
耳を傾けよう。

ゲーテ的な自然観察のアプローチ

自然をありのままに注意深く見つめ、
自然が自ら語りかけてくるものを
直観的に受け取る

簡潔に言うと、こんな感じですが、
やりたいことはこうです。

先入観や主観を脇に置いて、
目の前の植物そのものの色や形が
現にどうかを丹念にたどることで、
目の前にある植物そのものに出会うことです。

先入観や主観…花に重ねて見ているもの

たいてい私たちは無意識のうちに
個々の植物について先入観や
勝手なイメージをもっています。

たとえば、
「チューリップの花」と言われると、
3つの先端をもつカップのような形を
思い浮かべたりします。

また、植物のもつ姿かたちや仕草が
与える印象を「元気そう」とか
「寂しそう」と感じることあありますが、
それらは植物の特徴のある面を
捉えている一方で、
自分自身の内面の影響も受けています。

たとえば寂しい思いをしているときに見た
うつむき加減に咲く花には
「寂しげな花」という印象を
持ちやすいのではないでしょうか。

あるいは、
赤いチューリップの花のそばを
通り過ぎるとき、
「赤だ!」
と認識した後の私たちが見ているのは、
目の前のチューリップの花の色なのか、
それとも自分の頭の中の赤なのか・・・。

先入観や主観を脇に置く

そこで私たちがまず行いたいのは、
そうした先入観や主観を脇に置いて、
現に目の前の植物に向き合うことです。

「元気そう」とか
「寂しそう」を脇に置いて、
あるいは、「きっとこうだろう」
みたいな予測を捨てて、
目の前の植物の姿かたちや色が
現にどうかを丹念にたどることです。

個人的な経験からいうと
実際にこの作業をやってわかることは、
「ああ、自分は・・・をきっと〇〇だろうと
思っていたんだな、でも実際は違うんだな」
ということです。

自分の先入観や
主観に気づくことと、
目の前の植物が
現にどうかということが
分かることは同時に起こります。
そして、それは
一種のアハ体験のような感覚です。

自分の理解の枠に収まらないものをそのままに

対象にこのように向き合うことは、
普段の生活では
ほとんどないかもしれませんね。

私たちは通常、対象を分析して
分類して自分の知っている体系の中に
収めようとします。
それが普通です。

そうすることで私たちは
理解した気持ちになるし、
落ちつきます。

それが悪いわけではありませんが、
観察でやろうとしている作業は、
普段とは違うことです。

自分の主観の世界や、
自分の理解の枠から出ることです。

そこに収まらないものを
収まらないままにして、
形や色を丹念にたどることです。

自分の世界を出て、
植物に意識を添わせることです。
植物の形や色をたどり、
それを経験することです。

それによってはじめて
私たちはすでに知っている植物ではなく、
現にいまここにある
植物そのものに出会います。


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