フツーやリソウといった世間の物語、

誰かに言われたり、何かに書いてあったりしたような借り物の物語、

何がいけなかったのかといった原因探しの因果の物語・・・。

一見すべてをわかりやすく説明してくれて、

つじつまの合うように思える物語の力は強力です。

 

私たちがいったんその物語にとらわれてしまうと、

自分の身に起ることをその文脈でしかとらえられなくなって、

堂々巡りに陥りかねません。

フツーやリソウを生きようとして、

どうしても埋まらないものを嘆いたり、

誰かが教えてくれる手軽に手に入る物語で

自分を肯定し周りの環境を嘆いたり、

自分の中に見つけた原因を取り除こうとして

余計に自分を苦しくしたり・・・。

 

厳しい季節を超えていくとき、

そうした物語が、そのときには到底触れることのできなかった

そのままの傷の痛みに触れることから自分を守ってくれたとしたら、

それはそれで大事な役割を果たしてくれたことになります。

 

けれど今、真の「わたしの物語」のとの間のズレを感じ、

旅に出るとしたら

その旅は日常とは違った次元の

内的な物語への旅になるでしょう。

 

内的な物語への旅といっても、

夢物語の中に入ってくわけではなく、

日常の現実を丁寧に生きながら、

その現実の鏡に映った自分の姿に

日常とは違う次元で意識的につながることが、

「わたしの物語」へとつながるのではないかと思います。

 

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